10月はまるまる一ヶ月間、余裕がありませんでした。今日から11月。気持ちを強くもって、成し遂げたいと思います。ここを乗り越えれば、なんだかぞくぞくするくらい、うまく行くような気がします。
いろいろ佳境が重なって目が回っています。こういう時に何が大事かなあと考えるのですが、希望を持ち続けることだという結論に達しました。本当にゼロベースで考えれば、可能性なんてゴロゴロしているとおもうのです。本日はそんな感じです。
修羅場です。でもこういう時の方が、案外、いろいろ考えられるのかもしれません。ずっと考えていることは、在宅スタッフを組織化した会社をインターネットに実装するってテーマなんですが、それで本当にみんなの働き方が変わって、生き方が変る姿を思い浮かべると、元気が出てきます。夢や希望はやはり大事だと思います。
ある公開系のアドレスでは、1通の必要なメールを受信するために5000通のスパムをダウンロードしなければいけないはめに。もはやスパム問題は、電子メール自体の信頼性を揺るがすような程度まで悪化しているようにおもうのです。
僕が文句を言うのはもっと良くなりたいからです。
僕が心配になるのはきっちりとやりたいからです。
僕が命令するのはそれを強く信じているからです。
向上心を共有できないとしたらとても悲しいです。
どうも最近、夢をみることが多く、よく覚えていないのだけれどもリアルなことが多いような気がする。行ったこともない場所や、見たこともない物が、ハッキリと見える。ストーリーも論理的に矛盾していないとおもうのですが、夢の中でそう思っているだけかもしれない。
せめて週末は酒を抜こうと思い始めてはや幾とせ、この週末の金、土、日は一滴も飲むことなく3連勝。体にはいいのだろうけれど、なんかつまらない自分。あ、そうか、人と会っていなかったんだ。雄太くんとかは、横にいましたが。酒恋しさは人恋しさ、ということかしらん。
入ってきた金額以上にお金を使わなければ会社は潰れないわけで、当たり前のようだけど、それを続けるのは案外難しい、というのが持論です。でも、これに固執し続ける限り、飛躍はない(かもしれない)。何れにしても、難しい。
自分が嫌いになりそうだって打ち明けると、「人間はみんな足りないものがあるもの」って言ってくれるから、ほっとする。足りないものを補おうとするよりは、良いところに磨きをかけた方がいいかもね。
「なぜ今ここにいるの」という問いに対して返ってきた「道に迷ったから」という答えは意外だったので思わず吹き出してしまったけれど、考えてみれば僕も道に迷ったからここにいるんだよなと再確認。でも迷わなければ誰にも会わなかったんだから、迷ってよかったなあとつくづく思う。
近所の床屋さんは、マッサージがうまいので、散髪の必要がないときでも、ふらっと寄ってしまうことがあります。お母さんもうまいのですが、お嬢さんもマッサージの学校に通っているとのこと。床屋業界では当たり前のことなのか、どうか、僕はしりませんが、激安床屋が幅を効かせる今、普通の床屋さんはリラクリゼーションを売りにしたらいいのに、と思います。
トラックバックのネストのテスト、ではなく、僕が言いたいのは「本当にやりたかったことは何か」と「本当にやりたいことは何か」は違うような気がするのです。shiraさんが言うように、みんなわからないのは「本当にやりたいことは何か」ではないでしょうか。「本当にやりたかったことは何か」は、わかりませんか。悩んでしまった時は、この本当にやりたかったことは何かになるべく近づくように努力をすればいいのではないかというのが、僕の考えです。
自信をなくした悩み深き友人と話していて、自分なりに言ってあげたのは「本当にやりたかったことは何かを思い出して、それに忠実に生きていけばいいのでは」ということ。もう一つは「明日のことを考えずに、今を大切にしたら」と。復活するんだ。
昨日、帰りに飯でも喰っていこうと華月園に行ってみたら「長い間お世話になりました」の張り紙が。大きな喪失感に襲われ、推定5分くらいその場に立ちすくむ。悲しいお葬式のあとだったので、ショック倍増。東京駅八重洲地下街のはずれにあった華月園は四川料理の小さな店。千葉にいたころから、よく通っていたので、かれこれ10年くらいか。新しい店、開拓しなくては。
お世話になった関屋道郎さんの訃報が届く。叩き上げで技術者から会社を興し、自分の会社を公開させ、さらに合併によって二部上場会社を生み出したというストーリーに自分の夢を重ね合わせて尊敬しておりました。心からご冥福をお祈りします。
バーンロムサイの話は、新聞で見て知っていましたが、ここの代表者の名取美和さんの半生を綴った本を読みました。タイとか、ボランティアとか、HIVとか、そういう話題への興味から手にした本だったはずが、読み始めたら引き込まれるように、とにかくこの人のことが一発で好きになりました。本のタイトル通りの、素敵な生き方だと思いました。お目にかかってみたい人リストでは、現在、赤丸急上昇中です。
昨日からメールのシグネチャ(署名)を新しくしようと思って、本気でいろいろ試行錯誤をしています。
ただふと、ノンプロポーショナル(等幅)フォントの前提で一生懸命にデザインしても、いまどきの人はメールもプロポーショナルなフォントで表示させているんじゃないか、とおもいはじめるとデザインにかける情熱が急速にさめていくのでありました。ただ、僕のところにくるメールマガジンを見ると、ノンプロポーショナルでちゃんとデザインされているものが多いので、まだ大丈夫なのかなあ。
(デザイン案1)
赤木順彦 KKガリレオ | ネットでお仕事 | しんせんかんそ |
0268(22)6211 (F)6233 | http://www.galileo.co.jp | I'm here. |
うーん、blogのURLが入らない。ながいんだなあ、これが。でも「しんせんかんそ」をググってくれれば、まあいいか。
(デザイン案2)
赤木順彦 KKガリレオ | http://www.galileo.co.jp
0268(22)6211 (F)6233 | http://www2.galileo.co.jp/mt/shinsen
会社では「ネットでお仕事」という(考え中だけど)キャッチフレーズを全面に出していきたいのですが、これがはいらない。
だと思う5つの理由。
ブロガーは自分を知ってもらいたいと思っている。
ブロガーは誰かとつながっていたいと思っている。
ブロガーはいつも満ち足りていたいと思っている。
ブロガーはまわりの人間を大好きだと思っている。
大体においてこんなことをするひとはマメである。
長野県の田中知事が交通費の二重請求を指摘され、「知事の公私は不可分かもしれないが、移動に関しては就任以来、公私は厳しく律してきた」と述べたそうですが、知事の公私は不可分との考えについては同意します。どんな仕事でも、本気で何かをするならば、時間的にも金銭的にも精神的にも限りなく公私は渾然一体となっていくとおもうのです。誤解を恐れずに言えば、仕事が演技だとするならば、公私は完全に区別できるかもしれない。でも、僕にはそれは出来ないし、すくなくてもそれはきらい。もちろん、公私は不可分だという前提でも、その人の公職度に相応しい厳しさで公私を律しているかどうか、という点が大切だと認識していますが。
いちおう職業柄、スパムやウイルスのメールも「情報の仕入れ」の1つだと思って、律儀に目を通す(1通あたり0.3秒くらいですが)ようにしているのですが、スパムが最近、やたら増えたような気がします。白石さんや保科くんがメールソフトを選定する際に「スパムフィルタの充実度」をあげていたけど、それもそうだなあ、と思う今日この頃。大抵がHTMLメールのようですが、通常のテキストで見ているので内容がよくわかりません。ちゃんとレンダリングするともっとすごいことになっているのだろうか。
国際 トピックス ドイツ人の半数は浮気を経験ドイツ人が浮気者なのかどうかはともかく、続きの考察が面白い。「完全な配偶者の幻想が浮気を助長している」って、浮気するにも真面目なんですね、ドイツ人は。でもなんで「配偶者」なんだろうか。「異性」とか「恋人」を、ここに入れた方がしっくりくるような気がしますが。そんなに結婚したいのか、ドイツ人は。
昨日、中央線快速に乗って東京駅から新宿駅に向かっていたのですが、その電車が新宿駅のホームに滑り込んだ瞬間、警笛を鳴らし急停車しました。いやな予感がしたのですが、やはり人身事故で、電車はしばらく止まってしまいました。約束の時間が迫っていたので少し焦りましたが、それより、「だだいま遺体の搬出をおこなっています」なんてアナウンスを聞くと、なんだか生死の境目がわからなくなりました。さっきまで生きていた、ほぼ同じ場所に居合わせた人が今、死んでしまったんだろうなあ、と。
これはね、不安に対する処理能力の違いともいえるとおもうの。いわゆる「ふてぇやつ」が持つ、1つのスキルね。この能力差が生じるメカニズムは、ちゃんと勉強していないのでわかりませんが、直感的には親の「育て方」に依るところが大きいと思う。簡単に言えば、「良い子」は不安に対する処理能力が低い場合が多い。原監督辞めちゃったけど、あの人も多分良い子で、不安に対する処理能力が高い方じゃなかったと思うわけ。責任感が強いとも言えるんだろうから、不安に対する処理能力は高ければ良いというもんでもない。ただ、不安に対する処理能力が足りなくて苦しくなってしまった場合の、それを補う技術の習得が大切だよね。
P.S. 僕も良い子だったんだよ。本当だよ。(笑)
永井 浩 / インタビュー / ネット&デジタル / YOMIURI ON-LINE ネット活用した新たなジャーナリズムと有料モデルを模索「日刊ベリタ」というサイトが国際ニュースを記事単位で課金していることを知りました。頑張ってほしいけど、現在の売上が月額数万円とのこと。ビジネスモデルかテクノロジーで、なんか考えないと。もうちょっとのような気がするのですが。
赤字を出せるほど資本に余裕のある会社はやったことがなく、これまで最終損益という計器だけを見つめて運転してきた会社ですが、潮目の変化みたいなものを感じています。つぶさないためにどうするのではなく、成長するためにどうすればいいかを考えなくてはいけない。資金調達をするなら今だと確信しています。ささやかな緊張感はありますが、楽しくて仕方がない感じです。
最近、パジャマのズボンをいつも「後ろ前」にはいていることを、良く家族に指摘され、自分でもおかしいなあ、と思っていました。とはいえ、そんなことにかまっていられる程ヒマでもなく、指摘を受けた瞬間以外は気にしていなかったのですが、先ほど、原因がわかりました。
僕は、おそらく物心がついた頃から、ズボンやパンツの裏側についているタグを探して、無意識にこのタグがついている方を「後ろ」に回してそれを履いていたようなのです。しかし、このパジャマのズボンに限っては、それが反対で「前」についていたのでした。だから、いつも間違えて後ろ前になっていたのでした。
まあズボンの後ろ前程度なら大きな問題になりませんが、命に関わるようなことで、こんな思い違いが発生したらいやですね。
昔、西海岸の小さな会社というか団体の人の名刺の肩書きに、「Shortstop」って書いてあって、かっこいいなあ、と思いました。ポジションとしては、野球のショートのようにあちこち動き回る「雑用係」という意味だとおもうのですが(違っていたら、ごめん)、僕は雑用係のプロを自負しているので、こんど名刺を刷るときは、真似しようとおもっています。
これもあるのかもしれないけれど、チケットをオークションで販売する仕組みもアリだとおもうのですが、どうでしょうか。主催者はオークション業者に販売を委託する。席ごと、あるいは区画ごとに入札を行う。徹夜で行列に並んだり、電話をかけまくったりするよりは合理的だとおもうのです。
ふとおもったのですが、旅行(の日程)を記述する言語ってアリのようにおもうのですがどうでしょうか。「トラベルスケジュール」でTSMLとかいって。これを書いてエージェントの渡すと、コンパイルするように、航空券やホテルの手配をしてくれるの。なんか既に有りそうですね。
あらゆる思いつきを受け入れてくれて、何でもすぐに「まずやってみる」ことを許してくれて、気軽に結果を得ることができるならば、この世はどんなに楽しいだろうとおもうのです。コンピューターって、特にパーソナルコンピューターは、箱庭的手法でこれを実現してくれる道具ではないかと思うこともあるのですが、あらゆるサービスも、こんな人間の衝動性を受け入れてあげないとダメなんだろうなあ、とおもったりしています。
私のコメントです。
働き方を変える。生き方を変える。いわゆるドットコムバブルがはじけた今も、インターネットの重要性は変わりません。インターネットにはまだまだ秘められた可能性があり、革命は始まったばかりです。
私たちはこのインターネットを徹底的に活用し、すべての仕組みをインターネットに合わせて作ってきました。なぜならそれが、創造的な仕事をするために一番自由で効率的だと思うからです。それは結果的に、あらゆる既成概念の壁を乗り越え、まったく新しい形態で「インターネットの中に会社を構築する」ことでした。
インターネットによって、働くもの一人ひとりの働き方をより自由に変えていく。ひいては生き方をより自由に変えていく。その結果、よりコストパフォーマンスに優れた結果が生み出されていく。そのようにして生じた価値で、お客様に満足していただく——当社のこだわりはここにあります。
ユービキタス・オフィス方式の可能性インターネットを最大限活用するにはどうしたらいいかについて、私たちは考えました。その結果、当社独自のスタイルであるユービキタス・オフィス方式を生み出しました。
ユービキタス・オフィス方式のポイントは、人が集中するオフィスを持たないことです。すべての情報をインターネットを介して共有することにより、インターネットにつながるところであれば、どこでも仕事ができるようになります。贅沢なオフィスを構える不要なコストもかかりません。
当社は、インターネットを介してすべての業務を行うためにシステム化された管理手法も独自に開発して、ビジネスモデル特許を申請しています。
オフィスという場所に依存しないことで、思わぬ効用も生じます。それは、より多くの人を労働力として活用できるということです。主婦や会社員でも、少しの暇があれば、自分の得意分野を活かした仕事をすることが可能です。普段は家の外に出るのが難しい障害者にとっても、この方式では身体的な障害はまったくデメリットになりません。
有能な人間が余らせている細切れの時間を買い上げ、これをかき集め、縫い合わせて、付加価値をつけてクライアントに提供していく——当社の強みはここにあります。
ちょっと訳があって、一応仕事のようなことで、いわゆる「出会い系サイト」を覗いてみたのですが、そこは仮想世界でありながら匿名性が担保する本音の世界でもあるわけであって、某かの真実が交換されているだなあ、なんていう感想を抱くのであります。反対に、現実社会も巨大な出会い系サイトのようにも思えてきて、境界を見極めようとすると何だか目が回ってくるのでありました。
「もし3日の命あれば…」遺族文集、御巣鷹慰霊碑に届く (朝日新聞) - goo ニュース「1日目、仕事人間だったあなたは会社にいくでしょうね」「2日目は、2人でドライブしましょう」「そして3日目、私はあなたの好きな料理をいっぱい作ります。ビール・日本酒・ウイスキー・焼酎ありったけ並べて、ふたりの時間を楽しみましょう。最後の時まで」
だいたい自宅でこんな仕事をしているとオンとオフの区別などつけられるはずもなく、「完全な休日」なんてもう10何年も取ったことがない僕ですが、今週はいつもに増して仕事なのか休みなのかわからない、限りなくグレーな日々を満喫できそうです。
クライアントの大会社の方々は、都会人のせいか、「お盆休み」をとる人は少ないようだから、容赦なく連絡が来そうだし。でも、若い頃は休みの日に仕事の電話がかかってきたりするとパニックになるくらいイヤだったのですが、もう苦にならなくなりましたね。
情報系の仕事に従事する上では、時間に関する公私混同を甘受するというか、時間にだらしなく生きる力というのは、これまた必要な能力の1つではないかと思います。
YOMIURI ON-LINE / 社会「持ち家」は人生の目標にあらず…読売調査で5割
先日から悩んでいる(笑)のですが、パソコンのバッテリーが燃料電池になった場合、ACアダプタは不要になるのでしょうか。燃料電池の場合、少なくても充電は必要ないわけで、ACアダプタは燃料電池が「燃料切れ」の時しか必要ないと思います。「燃料」の価格にもよると思うのですが、どうなんでしょうね。
この商売、なにが難しいかって、自分の「支配欲」をどうマネージメントするかということだとおもうのです。僕は自分勝手で欲深い人間ですから、支配欲が強いと自覚しています。でもこれが強いと、いろいろ問題が起こるわけで、これをどう弱めるかというか、希薄化させるかは、とても重大なテーマです。鎮痛剤を服用すると大抵のことはどうでもよくなるので、効果があるのですが、体に悪いですね。
長谷川さんからの、生きていれば本人から手渡されたであろう、お土産が届く。いくつかの形見のようなものももらう。今回のタイでの話を断片的に聞くと、やっぱり、かなり酔っぱらっていたみたい。空港に向かうタクシーに乗せるのが大変だったらしい。おっさんよく日本へ帰ってきたよなあ。でも「来年もまた来るから」と言ったというんだから、おそらくこんなに早く死ぬつもりもなかったんだろうなと思う。15年くらい前の仕事の、撮影、執筆した記事も見せてもらう。僕の年の頃は、ちゃんと仕事をしていたことが、今頃わかる。正直、紙一重だと思ってしまう、生者としての傲り。傲りまくって生きてやる。
いつも今は次のことを考えて汲々としているような気がしてきました。投げやりな態度で「先のことを考えない」ようにしようというのではありません。次のことばかりを考えていると臨機応変力が衰退するし、それが漠然とした不安を引き起こしうる因子ではないかと。この心配自体が今に集中していない証拠ともいえますが。うーむ。
だから僕らはコミュニケーションおたくなんだよ。 by 須藤さん雑誌に痺れてしまった人とか、パソコンにフェロモンを感じてしまった人とか、インターネットに人生かけちゃう人とか、ブログ書いちゃう人とか。
これ載せ忘れてた。
>choomchonbanjickdoo school
>ちょむちょんばんじっくどぅ学校
>
>イサーンは、カンボジア国境近くにある小学校です。
>4年前のデーターですと、教諭 男11 女7の
>計18教諭が395人の生徒を教えています。
>prayong chaiyarak校長(53歳)の元です。
>米作しか主たる産業もない寒村です。
>十数年前、一回訪れた事があります。
>何分古い事で、しかも数時間の通過滞在で
>した。ただ、校長との赤い糸は今も有ります。
>子供らははだしが多く、ノートも買えない過酷な
>土地でした。
>最近校長の夢を見ました。
>前々から気にはしていました。
>せめてノートと鉛筆ケシゴムを...です。
>しんせんかんそ、でカンパの呼びかけをぜひとも
>お願いします。まったくの善意です。
>強制じゃありません。と断ってください。
>今月29日タイに飛びますが、善意の協力者が
>一人でも存在すると心強いです。
>いつしか赤木さんとも村に行きましょう。
>今回少し写真に撮って来たいと思います。
>しかしバンコクから遠いので一人旅は苦労します。
>バンコクでノートなど仕入れて村に行きます。
>夕方バンコクを列車でたつと次の日朝ウボンに着き、そこから
>トラックタクシー仕立てて2,3時間ばかり走ると
>村に着きます。雨水をためて飲む土地でもあります。
>ちなみにボクは1万円だけカンパします。それ以上は無理です。
>突然の申し出、迷惑かもしれませんが、はだしとノート無しは過酷です。
長谷川さんと最後にあったのは6月28日で、これからタイに行って、イサーンの小学校をまわるといっていました。バンコクで文房具を仕入れて電車に乗って、と昼飯を食べながら話を聞いて別れて、帰ってきたみたいなのでそろそろ連絡があるだろう、と思っていたら、なぜか訃報でした。はたから見てもあの飲みかたは、生き急いでいるというよりは「ゆるやかな自殺」にすら見え、心配ではありましたが、反面、「寂しい」なんて一言ももらしたことはなく、写真展だ、会食だ、と次から次へと企画を立てて誘ってくるのは正直面倒だと思ったこともありましたが、強かったと思います。英語もタイ語もうまかったし、とても博学だった。本も沢山もらったけど、ちょっとしか読んでいない。
いろいろな対立の中で、その原因が立場の違いにあると確信した時、ついつい「だったらやってみれば」と思ったり言ってしまったりするのですが、それでは余りにも芸がないので、今後は「だったらやってみよう」という作戦に切り替えることするぞ、という決意。
昨日は一日、仕事をしていたのですが、お昼過ぎに近所で火事があったようで、消防車のサイレンの音がしばらく聞こえました。忙しかったので、やじ馬として駆けつけたい衝動を押さえつつ仕事を続けていたのですが、いまだにどこが火事だったのか、わかりません。死傷者がでるような惨事であれば、ローカル局のニュースや新聞で確認できますが、そうでなければ、現状では、こうした地域情報は口コミ頼りです。インターネットで、このサイズの地域情報を扱う、井戸端会議ができればいいのですがね。
生来のせっかちという性格も災いしてか、馬鹿の1つ覚えで経営的手法を家庭に持ち込もう、なんて考えるとついつい合理化したくなって、家族に対して「早くしろ」を連発してしまっていたのですが、どうやらこれは百害あって一利無しだということに気がつきつつあります。自分のペースでのんびりやらせた方がいいみたい。もう「早くしろ」っていうのは止めようと思います。
「仕事は納期だ」と教えてくれたのは、林さんですが、会社で請けている仕事で、時間の約束を守れないと、本当に悔しい思いをします。何かがおかしいに違いない。原因は何なのか、徹底的に究明したいと思います。
荷物が届くと、まずは梱包をほどくわけですが、それに難儀して、なんでこんなところまでテープで止めてあるのだろう、なんて思うことがあります。梱包をほどく時は大抵の場合、わくわくして焦っているのでなおさらです。輸送中の事故を防ぐためには、念には念をいれて梱包してくれた方が受け手の利益にもかなうとは思いますが、程度を越えると、それもどうかなあ、と。送り手が梱包する時、それは必ずほどかれるものだ、というところまでイメージしてくれていればいいとおもうのですが。
事務所などの、複数の人がいる場所におけるエヤコンの温度設定、あるいは「入れる、切る」って、どうやってガバナンスするのがいいのか、などといつも考えているのですが、IPv6のアプリケーションとしてぜひ実装してもらいたいのは、これを投票で民主的に決める仕組みです。その場所にいるいる各自の端末から「暑い、寒い」というような投票を行うと、ある種のアルゴリズムで全体の民意を反映した温度設定が可能になるという感じ。一票の重みに少し偏りをあたえて、体調の悪い人や老人を優先してもいいかも…理念もインプット可能で、迎合主義の弊害を回避するための仕組みもいれて…てなことを考える訳は、事務所における政治力学上、僕には決定権がないので、民主化を求めているわけです。
まわりに適齢期の人が多いもんで、若造が失礼してちょっと…。
結婚は、退屈の終わりでもなく、寂しさの終わりでもない。新たな日常の始まりにすぎないのだから、強く生き続けなければならない。
配偶者は、母の代わりでもなく、父の代わりでもない。終生の伴侶であっても、素のままの自分を受け入れてもらえるなどと思ってはならない。
子供は、自分の分身でもなく、人生やり直しのチャンスでもない。別の生き物だから、奪われることは甘受しても、押し付けてはならない。
YOMIURI ON-LINE / 社会福岡4人殺害、久留米市内で被害者のベンツ見つかる
これもさもありなんのレトリックかな。「自家用車」と記述するのと、「ベンツ」とか「外車」とか「高級外車」と記述するのと、どちらが正しいのでしょうか。ベンツの方が、より詳しい情報に違いないと思うのですが、いたずらに被害者像をわかりやすく固定化してしまう危険がありますよね。書き手に、その固定化されるだろう被害者像が真実であるとの確信があれば、ベンツを引きあいに出して、読者に分かり易く伝えるべきなのかな。
「爪をみると健康がわかる」という話をお医者さんから聞いたことがあり、なるほどなあ、とおもったのですが、会社についても、貸借対照表や損益計算書じゃない、なんかそういう指標ってありそうですよね。
まえに証券会社の人から聞いたのは、「椅子をみる」という話で、これもなんとなくうなずけるものがありました。僕としては、その組織がインターネット的かどうかが最大の興味だったりするので、インターネットへのつなぎ方とかは、まず知りたいですね。
あと僕は就職活動とは無縁だったのですが、僕らの世代が就職活動をした頃、言われていたのは「○×商事の平均寿命は50才」とかいう話ですね。真偽の程は定かではありませんが。
NPOというのは「ノンプロフィットなオーガナイゼイション」でしょうから、非営利な団体だと思うのですが、前から疑問だったのは、仮にNPOをやっている人が1億円くらいの報酬をもらってベンツに乗っていたとしても、その団体は非営利なのか、ということです。「NPO=清く正しい」「会社=卑しい」みたいなイメージがあると思うのですが、どうせ僕は会社やっているから腹黒だし、被害妄想的に新しいムーブメントとしてのNPOを敬遠してきたように思います。
でもこの前、「会社は株主のものか」みたいなことを考えていたら、つまり、資本家にとって(不労所得的な)利益をもたらす組織が会社であり、そうでない物が非営利なのではないか、ということに今さらながら気がつきました。
まだ先生方に相談していないので(笑)、これが正解かどうかはわかりませんが、おそらく筋としては合っているのではないかと思っています。
であれば、会社を置換するようなNPOを組織することができるのかどうかについて、急に興味が湧いてきました。資本はゼロで、資本家にとって利益をもたらすことは無いけれども、その組織に属する人は生活をかけて仕事をしてそこから報酬を得る。そして、成功したらベンツにも乗れる、というようなイメージです。こっちの方が会社よりインターネット的ではないでしょうか。
興味をもつ理由として、別に転向したわけではないのですが、僕らになかなかまわってこない資本というものに対するちょっとした不信感もあるかもしれません。
会社の約束を定義する商法のような法律の完成度や、例えば大企業が取引先としてNPOをよしとするかどうかなど、いくつか問題はあるように思いますが、調べてみたくなりました。
最近はこれでも、なるべく、怒って対話のセッションをプッチンしたり、問題から逃げ回って自然消滅を狙ったりせず、せめてその場その場で「言語化して説明する責任」を果たそうと心がけているのですが、まだまだ未熟な自分に忸怩たる思いをいだく今日この頃。
丸子のマルチメディアセンター 不採算で売却検討 (2003年6月11日掲載)信濃毎日新聞より。「なんとかセンター」の時代は、もう終わりでしょうね。すくなくても、箱もののセンターについては、それは間違いないでしょう。インタンジブルなセンターはありだとおもうけど。丸子に関しては、同じ敷地内にあるイタリアンレストラン「杉屋」は営業を継続してください。
goo 政治ニュース2003年06月11日(水)
自由財産90万円まで拡充
情報系の仕事に従事するにあたって、引きこもることができるということは必要な能力の一つではないでしょうか。先日、松岡さんや須藤さん、京塚さんと飲んでいた時も、「田舎だと引きこもりに磨きがかかる」てな引きこもり自慢話に花が咲きました。やっぱり引込もって、じりじりと自分と対峙する事が何かを生み出すためには大切です。
僕はこのところ、「引きこもり力」が弱くなっているような気がしています。すこし鍛錬し直さないといけないのですが、「根はおしゃべり」(by カミさん)という性格も災いしてか、周りのことが気になってしまい、なかなか性根をすえて落ち着くことができません。こんなことでは、いけない、と思いつつ。
たきざわさんも嘆いているけれど、上田で一番大きな文房具屋さんが閉店してしまいます。現在、閉店売り尽くしセールの真っ最中で、実はこれもそれで半額で買ってきたものなのですが、そんなことはどうでもよく、子供の頃から通った店なので、とても残念であります。
全国各地で「商店街」の衰退が叫ばれていますが、上田も例外ではなく、旧市街地の商店街では閉店するところが目立ちます。つまるところ「モータリゼーション」の影響だと思うのですが、セグウェイのようなものを見ると、いつの日か、今の形の自動車に依存しないで移動する日が来るかもしれない。
ロードサイドの大型店が環境問題の影響を受けイーコマースに駆逐され、インターネットショップを補完するパパママストアが繁盛する時代が来るなんていう一発逆転もあるのではないかと想いふけるわけです。

先日、ちょっと久しぶりに仲間うちのチャットに参加したら、筆が滑るというか、キーボードが滑ってなんか相当過激なことを書いている自分に気がつきました。ふと思ったのは、「メール」の時と「チャット」の時では、書いている自分が別だよな、ということです。チャットの方が、素の自分に近いかもしれない。
記録性が低い(と思われている)というメディア特性の上で高をくくっているからなのでしょうが、人格がコミュニケーションを通じて外に露呈するものならば、伝達手段によってそれが変化するみたいなことがあるかもしれないと思いました。「電話」の時と「会う」時で違うとか。
僕は英語がかなり下手ですが、たまに英語を使わざるを得ないときは、やはり別の人になりますね。なんか解き放された、いい気分になるような気もします。
東京新聞特報粉飾か 厳格か 『4%』の暗闘
りそな監査法人の内幕
ページビューが全てを癒す。 by あかぎ「売上が全てを癒す」といったのはスーパーの創業者ですが、ならばネットビジネスの場合は、こうかな、と。でもダイエーがあんなことになってしまったことを考えると、やっぱりボトムラインたる利益から目を反らさずに、それを直視しなければいけない、ということなんでしょうか。
友達から、彼女の友人が癌で余命いくばくも無い事を知り、かける言葉が見つからなかったという話を聞きました。僕も、これまでの人生の中で何人か死んでしまった人もいるわけで、そういう場面で自分だったら何を言うかと考えてみたのですが、やはり難しく、良い言葉が思い浮かびません。反対に死を目前にした人から聞いた言葉が思い浮かびます。
死んでしまった人から最後に聞いた言葉には、後からしみじみ思い出すからかもしれませんが、生涯忘れられないような素晴らしい言葉が多いと思うのです。死を覚悟していても、覚悟していなくても、みんな良い事を言って死んでいくように出来ているのではないでしょうか。生物としての、本能かもしれません。
とてもたくさんのことを教えて頂いた方からは「人間は結局人柄だよ」と聞いたのが最後でした。もう随分昔のことですが、今でも良く思い出します。
白石博士が「世界ー東京ー上田」という3層構造を嘆いているけれど、ネィティブな信州人に言わせれば、僕らの理解では長野県は立派な独立国であり、意識してるのは「世界ー信州」という2層構造なんです。だから、東京も大阪もロンドンもサンフランシスコもクルンテールも、外国という意味では一緒ですね。
長野県は「4つの平からなる共和国」であり、国歌は「信濃の國」で、ナショナルペーパー「信濃毎日新聞」があるんです。県境は地形学的に険しい山の稜線でこれは立派な国境だし、中央銀行「八十二銀行」だってある。長野県は日本の一地方ではないんです。独立国んです。
と考えると、いろんな謎が解けない? :-) >白石さん
YOMIURI ON-LINE / 社説・コラム5月30日付・読売社説(2)
[電波共同利用]「混信を防ぐ技術を活用しよう」
混信を防ぐため、原則として一つの周波数を一つの利用者に割り当てている電波管理政策が変わろうとしている。
昔の感覚で言ったら「綺麗」なサイン波なんて絶滅して、空間がきたない波で充満するとも言えるのではないかと。でもこれって、生物に対する影響とか、どうなんだろう。
小学5年生の次女は、親に似たのか、どうも忘れ物が多いらしいということがわかりました。そういえば、通知表の該当欄が「△」だったなと。なんとか改善してもらいたいのですが、「忘れ物をしないように」と口酸っぱく言ったところでおそらく双方にストレスが溜まるだけだし、いちいち毎朝「持ち物検査」を実施するのもウチは子供が多いので大変です。
そこでお父さんは考えました。

うーんと唸って、出て来たアイディアは、「メモをつけることを徹底させれば直るのではないか」です。
お父さんはもう10年以上、写真のようなステノブックを愛用しています。縦長の上の部分がリングのワイヤーで綴じてある、A5版程度の大きさのやつです。罫の間隔が太く、2列に別れるように真ん中に線が引かれています。
これに、ジャンルとか考えずに、時系列で何でもじゃんじゃんメモする。完了したり、忘れても良いものは、赤で線を引く。時間がある時に、遡って、時間軸を鳥瞰する。
これを続ければ、忘れ物撲滅以外にも、アイディアが浮かんだり、いろんな良いことあると思うんだけどなあ。
会社の寮に住んでいる若者たちは、オフィスに朝食を食べにきます。特に制度化されている訳でもなく、来たり来なかったりですが、寮ができた頃から、なんとなくそうなっています。
カミさんは、それなりに栄養バランスなど考えて工夫してくれているようですが、僕の朝食よりも豪華だったりすると、すこし焼きもちを焼きたくなります。それはともかく、顔を付き合わせて行うミーティングはあまりない会社なので、この朝食の時間が、重要な情報交換の場になっています。

業務連絡:今後は10時に後片付けが終わるように来るように。
インターネット経由ですが久しぶりにAMラジオの野球中継を聞いていると、他球場の途中経過で「ヤフーBB」が連呼されていて驚きました。グリーンスタジアム神戸のネーミングライツを2億円で買ったヤフーですが、ははん、1つはこういうことか、とわかりました。
投げたとか打ったとかという野球の実況中継の流れのに「ヤフーBB」という全く関係がない言葉が挿入されると、目立ちます。
国営化される某銀行なんかも行名のネーミングライツを売ったらどうでしょうか。ニュースの中で連呼されると、きっと目立つのでは、と。
日本政策投資銀行:「ネーミングライツ」
※今月の言葉、というコーナーなのですが、エンロンとかPSIネットとか、潰れた会社も載っているので、いつの今月なのか?
死なないでぇ! 仲村トオルに助命嘆願! (夕刊フジ) - goo ニュースNHK朝ドラ「こころ」の今週放送分で俳優、仲村トオル(37)演じる医師・朝倉優作が雪山で非業の死を遂げる。この設定に、「優作を殺さないで」という視聴者からの“助命嘆願”が先週末から東京・渋谷のNHK放送センターに殺到している。
昨夜は、小山先生、合原さん、白石さん、新山くんが来て、臨時開発会議。プログラミングのモダンな最新潮流について、飲みながら横で聞いていました。すごく面白いのですが、もはや頭の中に入っていかない感じ。で、学習効果なく、またやってしまいました。すみません。
YOMIURI ON-LINE / 社会非就業若者増に対処、小学校から職業観育成めざす
文部科学省は18日までに、仕事をすぐに辞めたり、就職せずにいたりする若者の増大に対応するため、「キャリア教育新プラン」の骨子案をまとめた。小学校からの学校教育を通して系統的な職業観の育成を目指す内容で、高校や大学でのインターンシップ(就業体験)などを進める。
「寡黙な馬鹿は三日経ってもバレない」という、立川談志師匠のお言葉が座右の銘の僕ですが、昨夜は酔っぱらってペラペラしゃべり過ぎて、挙げ句の果てに酔いつぶれて寝てしまい、激しく反省。みなさんすみません。
ガリレオという会社は「ユービキタスオフィス方式」を標榜しています。それは、分散したスタッフの作業場所をインターネットを介して結ぶことによって、仮想的に1つのオフィス空間に見立てようとする試みです。
インターネットにつながっていればどこでも仕事ができるように工夫しているので、僕らの作業場所は無限です。ユービキタスオフィスは、自分のライフスタイルを大事にしながら、生活と仕事を区分けすることなくシームレスに生きていきたい、という理念です。
極力インターネット上のみに会社が存在するように努めているのですが、様々な「インターネット的」で無いものが実際には障害になります。その1つに、会社には本社という「物体」必要で、登記上の本社所在地をその物体が位置する地理的なアドレスで示さなくてらないという問題があります。
登記上の本社所在地は、僕の自宅でもあるここになっていて、ここで必要最低限の本社機能的なバックエンド業務も行っていますが、実際には関係者のサロンとしての機能を提供する場所になっています。もともとここは、僕の母親が美容院をやっていた場所で、本当にビューティ「サロン」だったということもあり、人の出入りがしやすい構造になっていたのは、ラッキーでした。
家族も初めのうちは、年中ほぼ無休で、生活空間の中に、(みんないい人たちなんですが)「他人」が入り込んでくる、ということに対して戸惑っていたみたいですが、いつしかそれが普通になりました。子供たちに対しても、いろいろな刺激を与えてもらっているので、とてもいい学習環境ではないかと思っています。
DSLによって、電話線が高速データ通信ラインに安く変身したように、ユービキタスオフィス方式で住宅街がオフィス街に変わる。僕はこんなことをやりたいと考えています。
asahi.com : 経済りそなHD、1兆円規模の公的資金注入を要請
りそな銀行などの持ち株会社、りそなホールディングス(HD)は16日、1兆円規模の公的資金の注入を政府に申請する方針を固めた。03年3月末の連結自己資本比率が、健全性の基準の4%を下回ったためだ。
タイ語のレッスンが終了。いつものことながら、2時間のレッスンが終わると、くたくた、疲労困ぱい。ちなみに書き取りテストの結果は7点。目標はクリアするものの、同級生の金子くんは満点(11点)だったので、もはやその差は歴然。
みんなが帰ったあと、子供たち(pasaathai:デクデク)がやってきて、タイ文字に興味津々。自主的に書き取りを始める。漢字の練習はいやがるくせに、なんでだろう。学習って、型にはめようとしないで自由にやらせた方が、いいのかなあ、なんて考えました。

花園病院で診察。先生の診断では、もう少しかかるとのこと。措置室でギプスを一瞬外してもらい、包帯をまき直してもらう。しかし、こんな足を丁寧に扱ってくれる看護師さんに、申し訳ありません、ひたすら感謝。ちょっと殊勝な気持ち。

まだ腫れがひかない右足首(すみません)
最近は重要な連絡は電子メールでくるようになって、かかってくる電話がめっきりと減りました。感覚的には、かかってくる電話の半数以上が間違い電話やセールス電話だったりします。それは、本当です。自分自身も、仕事の連絡に限っていえば、「滅多なこと」がない限り、電話をかけなくなったような気がします。
もちろん「滅多なこと」はたまに起こるので、電話がなくなると困るのですが、その「滅多なこと」とは何でしょうか。
一番は、やはり超緊急時で、一分一秒を争う用件の時。そして、その次に多いのは、理屈で説明できないようなことを、相手に押し付けようとしている時のような気がしてきました。相手を丸め込む、とか、篭絡しないと事態が前に進まない、と判断したときですね。
そう考えてみると、仕事でかかってくる電話も、そんな用件が多いような気もします(笑)が、みなさん、僕から電話がかかってきた時は、そんな感じなんで、注意してください。
ライバルサイトの「らんちょん・うえだーな」に対抗してひとくさり。僕はまだまだ修行が足りませんが、たまたまそば屋で隣り合わせたオジさんが印象的で、それ以来、憧れているそば屋での振る舞いはこんな感じですね。
※タイトルは週刊朝日の連載(「男の飲り方」)をパロりした。すみません。
- 休日の午前中にいかなければならない。夕方に酒を注文しても、意外性がない。
- ランチタイムは避けなければならない。雑踏に埋没し、存在感がでない。
- 一人で行かなくてはならない。家族連れやカップルでは、哀愁感がでない。
- 「もり、かき揚げ、お銚子一本」と、よどみなく注文しなくてはならない。「お銚子一本」を躊躇すると、「通」な感じがでない。
- お銚子一本を飲み終わる頃、蕎麦が出てくる店を選なくてはならない。お銚子一本で切り上げないと、野暮ったくなる。
パソコンを使っていると、トラブルに遭遇します。周りの人がトラブルでドツボにハマっている場面に出くわすこともしばしばです。苦労は出来るだけしたくないたちなので、こんな時にいろいろ考えるのですが、達人を見ていておもうのは、彼等はトラブルに遭遇しないよう上手に危険を回避していますね。
たとえば、電話回線でモデムを使っていた頃は、アナログ的な問題で「つながらない」と悩んだことがよくあったように思います。僕が達人中の達人だと思う岡田さんは、ISDNならそんな苦悩とオサラバできると読んで、ISDNが使えるようになるとすぐにり換えるわけです。1987年くらいのことでした。モデムで悩んでいる僕を横目に、もうモデムなんて使っていない。
プリエンプティブなマルチタスクOSへの切替とか、よりモダンなツールの導入とか、彼等はいろいろな技術の進化の潮目を敏感に読んで、古いものと決別し、「もう悩まなくていい」技術にいち早く投資する。この辺りがセンスだなあ、と。まあ、それだけ、その古い技術で苦労しているせいかもしれませんが。
asahi.com : 国際北京のSARS「スーパースプレッダー」は72歳男性か
SARSの北京や中国内モンゴル自治区での流行の発端となったのは72歳の男性で、飛行機や病院内で多数に伝染、各地に拡散するきっかけとなったことが分かった。
野球を見ていると解説者が「この投手は精神的に弱いから〜」とか言いますが、たしかに「投球」という振る舞いを見てるだけでも、その人の内面の強さや弱さがわかるような気もします。長年観察を続けているヤクルトスワローズの投手について、記憶をたよりに独断で所見を下すならば、こんな感じでしょうか。
| 精神的に | 弱い | 強い |
| 70年代後半 | 松岡 | 安田 |
| 80年代前半 | 酒井 | 尾花 |
| 80年代後半 | 高野 | 荒木 |
| 90年代前半 | 山田 | 岡林 |
| 90年代後半 | 山辺 | 吉井 |
「精神的に弱い」と言われる(思われる)投手の中にも、立派な成績を残している大投手も沢山います。確かに「勝負どころに限って打たれる」とか「連続押し出しを出す」とか、明らかに弱そうな挙動を示して弱いという烙印を押される人もいますが、共通して「誰も打てないくらい素晴らしい投球をすることもある反面、その日の調子は投げてみないとわからない」というタイプが多いように思います。
おそらく、まわりからの刺激に敏感に反応するあまり、自分自身をコントロールすることができなくなり安定した投球ができない、というのが「精神的に弱い」投手の特徴ではないでしょうか。
asahi.com : 経済ラジオたんぱが「日経ラジオ社」に社名変更へ
日本短波放送(本社・東京都港区、吉田寿孝社長)は7日、社名を10月1日から「日経ラジオ社」に変更すると発表した。6月26日の株主総会で正式決定する。デジタル化に伴い、現在の短波放送をいずれ停止することや、筆頭株主の日本経済新聞社との関係強化が主な理由。現在の通称「ラジオたんぱ」も来年4月に変える。
子供の頃、全てがデジタルになって、いつかは短波のAM放送のようなものは無くなるのだろう、と予想することはできましたが、本当にそういう時代になったのだと思うと、これも感慨深いものがあります。
友達の小林正悟くんに以前聞いた話で、彼も伝聞か何かを引いたのかもしれませんが、「人間の舌は、油っこくて甘いものは旨いと感じるようになっている」という説がありました。「甘+油=旨」というわけです。なるほどなあと思ったのですが、反面、食の師匠である長谷川さんに聞いた話で、「酒にしろ、豆腐にしろ、旨いものは最後は水に近くなる」という説にも頷けます。「水≒旨」というわけです。どうなんですかね。僕は両方旨いと思います。
WIRED NEWS: ラオス僻村の「足漕ぎ式」ネット接続、まもなく実現2003年5月7日 電線も電話線もないラオスの村に、足漕ぎ式発電で稼動するリナックス搭載コンピューターを設置し、インターネット接続を可能にしようという『リモート・ITビレッジ・プロジェクト』。当初の予定通りには進まなかったが、砂埃、モンスーンシーズンの洪水、常時40度近くの気温と100%の湿度という苛酷な環境の中、チームは今月中のネットワークの立ち上げを目指している。
子供に質問された時、たまたま簡単に答えられることならいいのですが、そうでないと、逃げ口上として「検索エンジンをひきなさい」と言っている自分に、はたと気がつきました。この台詞、むかしは「辞書をひきなさい」とか「百科事典でしらべなさい」だったですよね。
英語の辞書についても、僕はオンライン辞書をもはや手放すことができませんが、検索履歴をみると悲しくなるくらい「覚える」ことができないので、娘にはインストールしてあげるべきかどうか、ちょっと迷っています。やっぱり(紙の)辞書の方が学習効果は高いのかなあ。それとも、単にオンライン辞書を使い始めたのが大人になってからで、僕の頭が悪くなっているのが真相でしょうか。
本日はギプスの確認のため通院。花園病院の名前の由来は地名で、「花園」にあるから。病院が花園であるわけがなく、朝から待合室はやっぱり重苦しい雰囲気。外国人が多く、ポルトガル語が飛び交う。看護婦さんに聞いたら、「会社の通訳に付き添われてくる外国人が多い」とのこと。危険な労働現場で仕事している外国人が多いのだろうなあ、と、わが国の労働力の構成についてちょっと考えた、外科病棟でした。

YOMIURI ON-LINE / 社説・コラム朝寝坊をする。長時間にわたってテレビを見たり、コンピューターゲームをしたりする。そうした過ごし方をしている子供に、「休みはつまらない」と感じる割合が高いという調査結果が出ている。
会社では、四半期の決算をきちんとまとめる体制が整いました。関係者の皆様、お疲れさまでした。厳しい環境の中で1-3月期は、赤字を予想しておりましたが、おかげさまで、ほぼ損益とんとんとなりました。まだまだ先は長いのですが、1つ1つ改善し、意地でもインターネット時代にふさわしいインターネット的な会社を完成させたいと思っています。
ベスト10。
1. タイポを発見してしまった時
2. クレームの電話を受けた時
3. 重度の二日酔いに苦しむ時
4. ヤクルトが負けた時
5. 貯金通帳と対峙する時
6. このまま終わるのかと思う時
7.マシンが落ちた時
8. 三日続けて飲みにいく時
9. じっと待っている時
10. 締め切りの次の日
うわさ通り始ったアップルのiTunes Music Storeをのぞいてみると、1-Clickしたくなる曲がたくさんあるのに、悲しいかな、日本に住んでいると買えないのですね。残念無念。でも、もう「コンテンツをダウンロードで買う時代」なんだなあ、と個人的には感慨深し。
blogを1つのプラットホームとして考えるなら、僕はこの上で「自分自身が定義できないか」みたいなことを今考えています。ちょっと大げさですが、こつこつとblogに書き込むことによって、blogに自分の全てを叩き込むことができるなら、僕のblogは僕の全てを定義してくれるのではないかというアイディアです。「あの人はどんな人?」「なにやっているの?」「最近どう?」みたいな僕に関する全てのクエリーに対して、blogへの参照を返してあげるだけで用が足せるようにならないかと。
そして、もしみんながこのような定義ファイルを持つようになって、それを公開すると、どうなるか。検索エンジンのような機械が意味を拾うことができるようになれば、世界的な規模で、いろいろな目的のための、個人をマッチングするサービスが可能になる、とか妄想するわけです。見知らぬ人の、人となりを簡単に知ることができれば、地球が小さく、そして平和になるのではないか、と。
インターネットは「更新度」だ。kobaさんも同じことを言っているのを先に読んでいるので、自分の発見ではないのですが、僕も今、改めてそう考えています。完成度を高めようと思うよりは、更新度を高めようと考える方が、すくなくとも気が楽になる、ということはあります。僕の場合。
統一地方選。上田も市議会議員選挙で選挙カーがうるさいこと。子供の頃から変わらない旧態依然の光景。しかし、地方選では争点にならないけど、「武力行使は支持しないけど、直間比率の見直しは賛成」みたいな人は、どの政党を支持するべきなのでしょうか。いくつかの質問に答えると、最適な政党をリコメンドしてくれるマッチングサービスとか、どうかしら。政党からの広告出稿があるのでは。blogやってる議員とか、いないのかなあ。

YOMIURI ON-LINE / 社会フィリピン・パブに通ったり、レースクイーンを撮影したりするのが趣味で、撮った写真を携帯電話に張り付けて自慢していたという。
山岸さんのblogを見て、なるほど、と思いました。中立性を担保するために、NHKの受信料のようなモデルもあるのかとも思いますが、どうなんでしょう。(僕の記憶では、Infoseekは初期の時点で、有料でCD-ROMを定期的に配布するビジネスをしていたはずです。年間1000ドルくらいで、僕も買っていました)と書いたのですが、初期のころのInfoseekは、検索可能な形で雑誌の記事などが収録されたCD-ROMを定期的に送ってくるサービス(名前忘れた)も、検索対象として選べた、ということだったかも。
おそらくインターネットが初めて人の死に(直接的に)加担することになってしまったわけ(※)ですよね。そういう意味で、なんか考えないといけないと思うのです。現実社会のオルタナティブとしてインターネットが機能して、自殺しようとする人が思いとどまる、ならわかるけど、あれはやっぱり異様だと思うのです。単純に死んではいけないと信じているわけで。kobaさんのサイトでこんなことを知りました。
ちなみに友人から聞いたのですが、検索で「Suicide(自殺)」を入力すると、Googleでは1位に「Read this first」の文言とともに自殺を思いとどまるよう呼びかけるサイトが表示されます。
※その後、高橋さんからコメントを頂き、「ドクター・キリコ事件」が4年前に起きている旨をご指摘いただきました。そうか、あの事件もインターネットがなければ、おそらく毒薬が流通しなかったわけで、初めてではないのですね。すみません。
アラン・ケイ氏,大いに語る(2)ただし,彼らはマネジメントしにくい人種だった。日本も同じだが,米国でもマネジメントはリサーチの人間を嫌う。
アサヒ・コム北朝鮮のラヂオプレス(RP)によると、朝鮮中央放送と平壌放送(ともにラジオ)の放送開始時に読み上げられるスローガンが15日から変更され、故金主席の名前が外された。
ひさしぷりに聞いた「ラヂオプレス」の名前。「北朝鮮の」ということは、もはや平壌放送くらいしかウォッチしていないのでしょうか。忘れかけていたのですが、ラヂオプレスの存在って、今考えていることの参考になるような気がして、ハッとしました。
当たり前のことかもしれませんが、blogって、プロモーションやマーケティングのツールとしても、おそらく、機能するのではないでしょうか。何故かって、今回の花見でそう思ったのですが(笑)。
asahi.com : マネー <コラム>経済気象台 自営業の伝統に還ろう (略) やはり、どこかに雇われる生活を考えているのが普通だろう。いつから私たちはこうなったか。日本は百数十年前まで自営業社会だった。人々は皆自分のビジネスで必死に稼いだ(例えば田中圭一『百姓の江戸時代』ちくま新書)。
面白かったけど、僕らは「還る」つもりはないので、「雇われる生活を考えているのが普通」な人々を鼓舞するなら、むしろ「自営業の新しい伝統を拓こう」という結論にして欲しかったなあ、と。そして「自前の事業で生きる」ための必死さの現実にも、自営を賞賛して人に勧めるなら、ちゃんと触れてあげないと、どこぞの自治体が企画する「チャレンジ起業教室」みたいになってしまうとおもうのです。そういえば、kobaさんの『東京地裁物語』は奥が深かったです。
blogとかけてカラオケととく。そのココロは…本人が一番楽しい。 by あかぎあー、シャレになっていない。どこかでオーディエンスを意識しつつも、(僕の場合は)自己満足度満点。
妻が子供の「スポーツ少年団」の用事で、毎晩のように電話をかけまくっています。いわゆる連絡網の元締を引き受けてしまったようなんですが、インターネット時代にそんな伝言ゲームみたいなことよくやっているな、と心から本当にそう思ったので、イヤミを垂れてしまったら、大喧嘩に発展。しまった、放っておくべきだった。
でも、よく聞いてみると、学校関係とか、たしかにまだ「電話でしか連絡がつかない人」というのが沢山いるようなんですね。「そんなに言うなら、アナタがなんとかしろ!」というので、受けてたつことにしました。とりあえず電話を使った同報サービスを探そうとおもっているのですが、なんかいいのありませんかね。
4月から始まったNHKの朝の連ドラ『こころ』は何となく面白いとおもって見ているのですが、妻曰く「『子持ちのバツイチ男が若い女から言い寄られて、しかもスッチー』だからでしょ」といわれ、反論できない自分がいるわけですが、カミさんに突っ込まれるのはともかく、自分が作り手の術中にハマっているならば、結構情けない気になってきました。
タイでは今日から日本の正月にあたるソンクラーン。日本でも「水かけ祭り」として知られている通り、道を歩いていると水をかけられるみたいです。今は一番暑い季節で、昨日タムに聞いたところ、バンコクでは40度くらいになるみたいです。ちなみに一番寒いのは12月で25度くらい、とのこと。
僕は行ったことがないのでよくわかりませんが、神谷祐介さんのサイトを見ていると、ソンクラーンの様子がよく分かります。神谷さんは、careという国際的なNGOのボランティアとして、北タイで活動されています。僕が最もお目にかかってみたい人の一人です。
ニュースの当番で夜まで仕事。戦争は終わりそうですね。
Mainichi INTERACTIVE 記事全文「この戦争は100人の新たなビンラディンを生むだろう」「戦争が収まっても、恐ろしい結果が待っている」
3月31日にエジプトの大統領が言ったそうですが、恐ろしい結果は想像したくないけど、わかりやすいなあ。僕が生きている間くらいは、9.11みたいなことが、ちょくちょく起こるのではないでしょうか。アル・ゴアが勝っていたら…。
asahi.com : 経済苦戦する米マクドナルドCEOの弁。「チェーンオペレーションの食い物屋は良いよなあ。店舗の出店計画で成長性を説明できるもん」とか考えていたいのですが、そうでもないんだなあ、と。「次の顧客というより、次の(出店)場所にばかりこだわり過ぎた」と、カンタルポ氏。
このあたりでは、焼き芋屋さんのリアカーが近づいてくると、「ピー」という水蒸気で鳴らず笛の音がきこえるのですが、白石さん(神奈川県出身)は何の音か分からず不思議そうにしていました。僕にとっては、昔から焼き芋屋というえばあの音なんで、分からないことが不思議だったんですが、ところ変われば品変わるの一例なんでしょうね。
(そろそろシーズンオフの焼き芋屋さん)
■KYODO NEWS■■身も凍る銃撃戦に遭遇 従軍邦人記者初の首都入り 【バグダッド6日共同=儀間朝浩】
(略)
部隊が少し進んだ後、中年の男女の無残な死体を目にした。記者には服装などから民間人にしか見えなかった。しかし、米兵は「彼らは戦闘員だ」と言い切った。
記事全体で臨場感を感じました。この部分は検閲を通すために暗号化された記述なのか、事実を淡々と記述しただけなのか。
上の娘から「交換日記」という懐かしい言葉を聞いて、そういえば「これ」も交換日記の一種だわな、と思いました。僕も、はい、昔やった記憶がありますが、いわゆるほろ苦い思い出で、つまり自分のことを相手にもっと知ってもらいたい、という一心で結構まじめに書いていたような気がします。
VoIPはおもしろそうなので、なんかやりたいと思っているのですが、「だれでもつかえるIP電話」といったような書籍の企画とかは思い付くものの、もうひとひねり欲しいところ。
VoIPアダプタに旧来の電話をつなげるような、いわゆる「IP電話」については、企画としてはもはや旬ではないかもしれないし、「月額ウン千円の電話料」が半分になったところで、それは嬉しいのですが、それだけだしなあ、と考えあぐねています。
何れにしても、IP電話を使う時、いくら「IP電話同士なら通話料は無料」だったとしても、旧来の「電話器」をつかって「通話」をしている限り、あんまり面白くないのではと思うのです。
やっぱり面白そうなのは、まず、ISPに依存しないサービスであって、「電話」というよりは、新しいコミュニケーションの可能性を拓くようなもの。
IP電話なら、つなぎっ放しにすることもできるわけだから、「電話をかけて」「切る」というセッションみたいな概念がないサービスの可能性もありますよね。
鳴動音がなって、もしもしと出て、要件が済んだら切る、という通話ではなく、起きてから寝るまで、まるで誰かと一緒にいるように思える場を共有できるもの。
通話でなくなれば、「もしもし」は使われなくなり、死語になるかも。鳴動音も、そこにあなたがいるかいないかを識別するためだけの、もっと淡いBGMのようなものになるかもしれない。
「ホームサーバー」と、こういう新しいVoIPのサービスを組み合わせたら、どうでしょうか。
昨日からちょっとした「事件」が立て続けに起こったのですが、いずれもいわゆる個人的なことで、だいたいこれまでたわいない個人的なことしか書いていないとはいえ、さすがに「パブリッシュ」するのははばかれる類いの話です。
でも、日記のつもりで書いていたのに、書けないことがある、というのはちょっと変だな、と。
普通の日記の書き手も、書く時に、自分の死後に子孫が読むかもしれない程度に他人の目を意識するとおもうのですが、ウェブの場合のその意識はもちろんもっと強いわけで、書き記しておきたいけれど、書けないことが出てくる。ならば、裏帳簿ならぬ、「裏日記」が必要になるのかな、と思いました。
冒頭の出来事なんかは、悲しいながらも実は面白い出来事なので、僕自身も誰かに聞いてもらいたいという気持ちもあります。おそらく、親しい友達と酒を飲みながらなら話せる内容です。こうした内容は裏日記に書く。
裏日記へのアクセスは、特定の人に限定する。あるいは、裏日記を読むためのアクセス権を売る。赤木ごときの裏日記では誰も買ってくれないですが、例えばアイドルの日記だったら、売れるのではないか、と。
話したがり屋と知りたがり屋の仲介屋というか、告白願望と詮索欲のマッチングというか。
日経パソコンをペラペラとまくっていたら、バイアグラの記事広告が載っていて驚いた。前後のページとの連続性が無くてちょっとヘン。だんだん、わが青春を捧げたパーソナルコンピューターへの冒涜のように思えてきた。でもまあ、的を得た出稿なのかなあ。もはや「パソコン」をパソコンそのものとして意識するのは、おじさんなんだろうなあ。
エキサイトに入力された検索ワードを「ストリーミング」するページをインターネットウォッチで紹介していた。
前出の加藤さんが、blogと掲示板の違いについて話していた時に「あの掲示板は劣情のほとばしり」と言った。なかなかうまいことを言うなあ、と感心したのですが、ならばこっちは「欲情のほとばしり」という感じかも。gooの東郷さんはこれを「空しい」といいましたが、確かに、可笑しくもあり、空しくもある。自分を見ているようでもあります。
Exciteサーチストリーム
http://www.excite.co.jp/search_stream/
日広の加藤さんと、インフォバーンの小林さんと、ガリレオの駒込くんと白石さんと飲んだのは一昨日。その中で加藤さんの奥さんがヤフオクの達人で、慣れてくるとモノを売る場合でも、一番高い価格で入札してきた人より「評価」の高い人に買ってもらいたいという意識が働くものなんだという話を聞いた。「価格至上主義」のヤフオクのシステムの中で、達人たちは、買ってもらいたい人に落札してもらえるような裏技を密かに駆使しているという。ただ、こうした「評価至上主義」にも欠点があるそうだ。評価が高い人と取引きをして、その人の評価がさらに上がる。ある種のポジティブ・フィードバックがかかって、止まらなくなる。
ここで、電子回路のことをふと思った。昔勉強したようなアナログ回路設計の世界では、下手な人が設計すると、発振を起こす。利得を稼ぎながらも発振しないようにいかに工夫するかが、腕の見せどころだった。
考えてみれば、インターネットというのは、その中で繰り広げられるビジネスがwinner takes allなんて言って1社に収斂していくように、ポジティブ・フィードバックがかかりやすい回路なのではないだろうか。発振しやすい、不安定な回路のような気がしてきた。
電子回路では、ネガティブ・フィードバックは、安定性を高めるための、代表的な手法だったはず。すこし効率を下げる結果になったとしても、ネガティブ・フィードバック的な仕組みを考える必要があるように思う。
加藤さんのコラム
http://www.yomiuri.co.jp/adv/ad/column.htm